追浜トンネル物語

Q1 横須賀市はトンネルの多い市ですが、そのなかでも追浜はトンネルの多いまちです。それは何故?

Q2トンネルから分かる追浜の歴史って何?

Q3 トンネルはどうやって掘るの?

こうした謎は、ぜ〜んぶ小冊子『追浜トンネル物語』に書いてあります。追浜トンネル物語の入手先はこの記事の最後で紹介してます。

ここではトンネル好きのみなさまに追浜地域にある魅惑のトンネルをちょこっとご紹介します。これを見たらきっと実物も見ずにはいられない! 1日でトンネルを16本も楽しめる追浜へぜひお越し下さい。

横須賀市のトンネルには個性的なものが多く、幅が狭いものや広いもの、高さが低いものや高いものといった形はもちろん、トンネルを造る素材においても石や土から煉瓦、コンクリートまでさまざまなものがあります。横須賀の中でも北部の追浜地域は特にトンネルが多く、16の道路トンネルが存在しています(他に鉄道トンネルもあります)。

【第一世代】明治前半、横須賀軍港の拡張のための海岸線買収により渡船ができなくなり、地元有志により掘られたものです。

梅田隧道(明治20年)
梅田隧道(明治20年)

【第二世代】明治後半、交通が不便だった地域の住民たちが自ら団結して切り開いた、谷戸の奥と生活拠点を結ぶトンネルです。また、軍関係勤務者の通勤路でもありました。

筒井隧道(明治38年)
筒井隧道(明治38年)
深浦隧道(明治44年)
深浦隧道(明治44年)
追浜隧道(旧鉈切隧道)(明治45年)
追浜隧道(旧鉈切隧道)(明治45年)

【第三世代】大正末から都市化が進むなか、特に湘南電鉄(現在の京浜急行電鉄)の追浜駅開業(昭和5年)に伴う人口増や海軍航空技術廠の通勤者約3万人などと周辺地域を結ぶため、また通学道路としてたくさん掘られました。

浦郷隧道(大正14年)
浦郷隧道(大正14年)
皆ケ作隧道
皆ケ作隧道(昭和2年)
榎戸隧道
榎戸隧道(昭和8年)
日向隧道
日向隧道(昭和8年)
向坂隧道
向坂隧道(昭和8年)
平六隧道
平六隧道(昭和14年)

【第四世代】戦後から、現在に至るまでの期間、さらに都市化が進み、交通渋滞緩和、宅地造成などでさらに6カ所増えました。

新浦郷隧道
新浦郷隧道(昭和36年)
浜見台隧道
浜見台隧道(昭和39年)
湘南鷹取第一隧道
湘南鷹取第一隧道(昭和44年)
湘南鷹取第二隧道
湘南鷹取第二隧道(昭和44年)
浜見台第二隧道
浜見台第二隧道(昭和54年)
山之脇隧道
山之脇隧道(平成20年)

 

追浜の魅力のひとつである「トンネル」いかがでしたか。ここで紹介しきれなかった追浜地区のトンネルの歴史、各トンネルの詳細な情報、トンネルまめ知識などをまとめた小冊子『追浜の歴史遺産「追浜トンネル物語」大人の散歩・散策のしおり』は定価200円で販売中です。散歩のお供に是非どうぞ。

詳しくは
『NPO法人アクションおっぱま』
〒237-0064神奈川県横須賀市追浜町2-13こみゅに亭カフェ内
http://www.action-oppama.org/

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